最高裁判所第一小法廷 昭和26年(オ)769号 判決 1953年12月03日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人弁護士井上卓一、同頼信白正の上告理由について。
民法一一〇条にいわゆる代理権ありと信ずべき正当な理由は、必ずしも常に本人の作為または不作為に基くものであることを要しないと解するを相当とする。そればかりでなく、原審の認定によれば上告会社は昭和二三年暮以来、小林益雄が上告会社の千住営業所の責任者として同所に同営業所と記載した看板を掲げ、上告会社の貨物自動車を使用し、同会社のため運送契約を締結すること及び、本件小切手に押捺したゴム印を使用し営業上の書類を作成することを許容して来たものである。そして、被上告人は右のごとき事情その他原審認定の事情があつたればこそ、本件小切手の振出につき小林において上告会社を代理すべき権限を有するものと信ずるに至つたのであつて、右信ずるに至つたのは、上告会社の作為不作為に基くものと認めることができる。それ故、右信ずるに至つたのは、上告会社の作為不作為に出でたものでないとする論旨前段は採ることを得ない。
また、原審認定の事実関係から判断すれば、被上告人が小林益雄の代理権の有無につき、所論のごとく上告会社に問合せをなす等の調査をしなかつたことは、未だもつて被上告人の過失とは認め難いのであつて、結局被上告人には本件小切手の取得当時、小林が右小切手振出の代理権を有していたと信ずべき正当な理由があつたものと認めるを相当とする。それ故、論旨後段も採ることを得ない。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)